• 院長 田中康文

吐きけ・嘔吐


吐き気とは、腹部上部に不快感を覚え、ムカムカして吐きそうな感じをいい、嘔気、悪心ともいいます。

「嘔」はゲーッと音を出して吐きそうになること、「吐」はものを吐き出すことをいい、嘔だけで吐かないことを「乾嘔」あるいは「からえずき」といいます。いずれも飲食物を納めて上から下の方向に降下させるはずの「胃気」が、逆に上方に向かってしまう(上逆といいます)ために生じます。

漢方では、食物をとったあとの消化吸収は胃と脾が協力しあって行い、肝がその調節に関与していると考えます。このような胃と脾、肝の働きをもう少し詳しく説明すると以下のようになります。

①胃の働き

・食べ物を受け取る

・もみ砕いて細かくする

・下(小腸)へ送る

漢方ではこの下向きの胃の働きは「胃気」によって行われていると考えます。「気」はエネルギーですから、物を動かす力があります。これらの働きが低下すると、吐き気・嘔吐の症状につながります。

②脾の働き

・食べ物・水分の消化吸収を行う

・必要なものを上に持ち上げる

胃にてもみ砕いて細かくされた食べ物を脾は消化吸収して、気と血に転化させ、それらを上に持ち上げて、血は心に入り、心のポンプ作用により全身に、気は肺から取り入れられた気と合体させて、全身に配られると考えます。すなわち胃気は下向き、脾気は上向き、これらの上下の方向がバランスよく調節され、胃気が下に向かって降りることを「和降」といいます。これらの働きが低下すると、食べ物や余分な水分が停滞して、吐き気・嘔吐の原因となります。

西洋医学では、胃にてもみ砕いて細かくされた食べ物は十二指腸へ送られ、そこで肝臓で作られ胆管、胆嚢を通じて流れた胆汁と、膵臓から送られた膵液の中の酵素により食べ物が分解され、それらが小腸に送られ、必要な栄養分は吸収されたのち肝臓に送られて血液の中に入って全身に配られることが分かっています。漢方ではこのような西洋医学でいう十二指腸と小腸の働きは脾の働きとし、漢方でいう小腸は泌別と清濁に区別して、栄養分(清)は全身へ、いらないもの(濁)のうち固形物は大腸へ、無用な水分は膀胱に送るとされています。

なお、余談ですが中医学では小腸は心と表裏関係にあり、小腸が表、心が裏にあたります。昔から、「断腸の思い」、「腸(はらわた)が煮えくりかえる」など、腸を用いた感情を表す言葉がありますが、最近の研究では、腸には数多くの神経細胞が存在し、その働きは喜怒哀楽に深くかかわっており、小腸は、「第二の脳」といわれています。

③肝の働き

・「気」の流れを調節する

・消化を助ける(胆汁の分泌と排泄)

・感情のコントロール

「気」がスムースに流れていれば、胃も脾も元気に働けます。しかし気の流れが滞ってしまい胃と脾に影響すると、吐き気・嘔吐の症状につながります。

吐き気・嘔吐を引き起こす要因

暴飲暴食や食べすぎ、風邪、めまいに伴い吐き気がすることがありますが、ここではそれ以外の養陰による吐き気について述べます。最もよくみられる吐きけ・嘔吐には、肝気犯胃と湿熱があります。

★肝気犯胃

・イライラする

・よく怒る

・ストレスが大きい

・緊張しやすい、あるいは緊張が続いている

・よく人に気を遣うなど

これらの症状は肝の働きと関係があり、肝はストレスを受け止める働きをしています。しかし、その人にとって過剰な刺激が加わると、処理しきれずに「気」の流れが滞ってしまいます。そのため、胃気の流れが悪くなり、胃気が上逆して吐き気・嘔吐の症状につながります。酸っぱいものを嘔吐したり、胸や脇が張る、げっぷが出る、ため息が多いなどを伴います。神経性胃炎や逆流性食道炎と診断された方などは、このタイプも考えられます。

治療としては、情緒をのびやかにして肝気の流れを正常化して胃気を和降させるようにします。主な生薬としては、肝気の流れを調節する柴胡、香附子、厚朴、胃気を下降させる半夏、陳皮などを用います。エキス剤としては、小柴胡湯、大柴胡湯あるいは大柴胡湯去大黄、四逆散、抑肝散加陳皮半夏、半夏厚朴湯などを用います。

★湿熱(胃熱、二日酔い

辛いなものやあぶらっこいもの、味の濃いものの摂取や飲酒癖などにより、胃に熱あるいは湿り気のある熱(湿熱といいます)が発生して、胃気の流れが悪くなり胃気上逆した病態です。食欲不振、灼けるような胃痛、のどの渇き、強い口臭、尿が濃い、脈がやや速いなどがみられ、湿を伴っている時はさらにからだが重だるい、軟便などがみられます。

胃粘膜の炎症で生じる吐きけ・嘔吐に相当します。

治療としては、胃の熱を冷まし、あるいは湿熱を取り除き、胃気を正常に回復させることを行います。主な生薬としては、胃熱を冷ます黄連、オウゴン、升麻、石膏、知母、牡丹皮、大黄あるいは湿熱を取り除く茵陳、山梔子、沢瀉、胃気を下ろし、湿を取り除く枇杷葉、竹茹、半夏、陳皮などを用います。主なエキス剤としては、胃熱を冷ますためには三黄瀉心湯、黄連解毒湯、白虎加人参湯、胃の湿熱を取り除くためには半夏瀉心湯、竹茹温胆湯、茵陳五苓散などを用います。

★酒病(二日酔い)

酒は湿に熱生を兼ねたもので、少量では気血を動かして精神・肉体を快調にしますが、過度に飲むと湿を停滞させたり内熱をひきおこし、湿や熱が胃気を上逆させて吐きけ・嘔吐が生じます。

治療としては湿と熱を除いて胃気を正常化します。主な生薬とエキス剤は上記の湿熱と同じです。

このような湿熱を原因とするもののほかに、熱を伴わない「湿困」という湿による吐き気・嘔吐があります。

★湿困

「困」には困らすという意味のほかに、梱包の梱と同じく「つつむ」という意味があります。

脾は湿気に弱く、湿を嫌います。湿度の高い梅雨や晩夏に、食欲不振、吐き気、下痢や軟便、体が重だるい、むくみ、眠気、生あくび、頭がスッキリしないなどの症状が現れることがありますが、これは湿気が脾陽を包み込み、そのはたらきを低下させるために起こる症状です。

湿困とは、外界の湿気による湿邪の侵襲、あるいは飲食の不摂生・飲酒癖・あぶらっこいものや味の濃いものの嗜好などで脾胃の運化が失調して生じた内湿で、内外の湿邪が胃気を阻滞し上逆させるために吐きけ・嘔吐がひきおこされる病態です。食欲不振、からだが重だるい、軟便ぎみなどがみられます。

治療としては、湿を除いて胃気を回復させます。主な生薬としては、カッ香、陳皮、半夏、厚朴、蒼朮などを用います。主なエキス剤としては、平胃散、二陳湯、半夏厚朴湯、五苓散などを用います。

湿気の影響を抑えるには、生活スペースの除湿、入浴や運動による発汗、生もの、冷たいもの、過剰な水分摂取に気を付けることが重要です。蒸し暑いからといって、体を冷やしすぎたり、ごろごろして過ごしたり、冷たいものばかり摂っていると、湿だけでなく、自分自身で脾を困らせてしまうので注意しましょう。

このほかに以下のものが吐き気・嘔吐の要因になります。

★胃気虚

元々先天的に体も胃も弱かったり、あるいは慢性病などにより胃気が不足して胃気が和降できずに上逆して吐きけ・嘔吐が現れる病態です。食欲不振、少し食べると胃が脹る、疲れやすい、元気がない、脈が弱いなどがみられます。

治療としては、胃気を増やし、胃気を下降させるようにします。主な生薬としては、胃気を増やす人参、白朮、茯苓、胃気を下降させる半夏、生姜、陳皮、などを用います。エキス剤としては、小半夏加茯苓湯、六君子湯、香砂六君子湯などを用います。

★胃陽虚

元々胃が弱いタイプで、胃気虚よりさらにその程度が進み、胃を温める力が不足して胃が冷え、胃気が下降できずに上逆して吐きけ・嘔吐をひきおこす病態です。胃気虚の症候以外に、冷える、寒がる、胃が冷えて痛む、脈が遅いなどがみられます。胃陽虚に類似した病態に、寒邪犯胃というのがあります。これは、普段から身体を冷やすものをよく摂っていたり、外界の寒冷などによって冷たいもの(漢方では寒邪といいます)が侵入し、胃部が冷え、凍結の性質をもつ寒邪が胃気を凝滞させて上逆させるために発症する吐きけ・嘔吐です。これらの胃陽虚、寒邪犯胃は治療は同じですので統一して以下に述べます。

治療としては、胃を温め胃気を下降させることにより本来の機能を回復させます。主な生薬としては、胃を温め胃気を下降させる呉茱萸、生姜、乾姜、高良姜、胃気を増やす人参、白朮などを用います。エキス剤としては、呉茱萸湯、人参湯、安中散などを用います。

★胃陰虚

中医学でいう「陽」とは明るく熱的現象を意味しますが、それと対立する「陰」とは潤して冷ます働きのあるものを指し、これらの陰と陽は互いにバランスよく現象を調節しています。

しかし、潤いが少なくなり陰虚の状態になると、陽が盛んになり熱が発生します。

・辛いもの、味の濃いもの、脂っこいものをよく食べる

・慢性病で陰液が不足している

・慢性の炎症が続いている(慢性胃炎など)

などにより胃を潤す胃陰が不足して胃気が養われないために上逆する病態です。

・何も出なくても吐き気がします(乾嘔)

・口や喉が渇く、水分を欲しがる、空腹感はあっても食欲はない

・胸やけがする、尿が濃く黄色になる、舌が赤い、脈が速い(熱の症状)

などを伴います。

治療としては、胃の陰液を滋潤して熱を冷まし胃気を正常化するようにします。主な生薬としては、麦門冬、玉竹、石斛、沙参、生地黄、玄参、知母などを用います。エキス剤としては、麦門冬湯、沙参麦冬湯、益胃湯、滋陰降火湯、滋陰至宝湯などを用います。

★胃中留飲

「飲」とはサラサラした水のことをいいます。すなわち「胃中留飲」とは胃の中にサラサラとした水が溜まっている状態をいいます。生まれつき虚弱な人、あるいは慢性病、疲労などにより、水液を吸収して運ぶ力が低下したために、水液が胃中に停滞し、胃気をとどこおらせて上逆した病態です。食欲不振、胃が重い、あお向けに寝かせて胃部をたたくとポチャンと水の音(振水音)がしばしば聞こえます。

治療としては、胃中の飲水を取り除くとともに水液を吸収して運ぶ脾気の力を強め、胃気を下降させるようにします。主な生薬としては、茯苓、白朮、枳実、陳皮、半夏、生姜などを用います。エキス剤としては、茯苓飲、茯苓飲合半夏厚朴湯、小半夏加茯苓湯、胃苓湯、五苓散などを用います。留飲がほとんど除去できれば、脾気を健やかにする六君子湯、啓脾湯などを服用し、水飲が産生しないように防止します。

★つわり(妊娠悪阻)

胃につながり妊娠に直接関与する経絡である衝脈・任脈の二脈が、妊娠によって旺盛になるために、胃気を上逆させて吐きけ・嘔吐をひきおこします。

治療としては、生理的反応でもあるので、対症療法として胃気を下降させます。主な生薬としては、半夏、生姜、枇杷葉、竹茹などを用います。エキス剤としては、小半夏加茯苓湯、橘皮竹茹湯などを用います。

★乗り物酔い

胃中に停滞した留飲が、乗り物によってひき動かされ、上逆するために吐きけ・嘔吐が生じます。

治療としては、対症的に胃気を下降させて嘔吐を止めます。

主な生薬としては、半夏、陳皮、茯苓などを用います。エキス剤としては、小半夏加茯苓湯を用います。乗り物に乗る前に服用した方がよく、眠くならず効果的です。


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