便が形状を失い、慢性、反復性に、泥状あるいは水様を呈し、1日3~4回、多いときは6回以上排便の回数も増加します。同じ東洋人でも日本人は中国や韓国の人々と比べて、下痢・軟便が多いといわれています。その理由として以下の可能性があげられています。
1.日本人の食文化が胃腸機能に影響を与えている
中国の食文化は熟食文化であり、火で調理し温かくして食べるものが多く、胃腸の保護がしみついています。これに対して、日本の食文化は生冷飲食物を多く摂る傾向にあり、胃腸を冷やし、さらに胃腸機能を弱らせ消化吸収の機能を減退させる重要な原因になっています。
2.食養生の乱れ
様々な飲食物が氾濫している日本社会では、暴飲暴食、間食などをしやすく、健康的な飲食養生を心がける習慣が薄れており、知らず知らずのうちに胃腸の消化機能は減退してしまっています。
3.日本社会はストレスが多い
残業や休養を十分にとれない仕事中心の生活で、食事の時間が不規則になり、過労やストレスによる胃腸機能が弱まっていることが考えられます。特に慢性下痢は食事の不摂生や生冷飲食により、胃腸が傷つけられ、さらにストレスが加わり、胃腸機能が弱まることで生ずることが多いです。
従って、慢性の下痢の治療において、薬はもちろん重要ですが、さらに大事なのは食生活面の改善です。朝食はしっかりバランスのよいものを食べ、昼は忙しくてもすぐ食べられるようなもの、たとえばおにぎりや味噌汁を食べ、夜は少なめに食べることが大切です。
また、生もの、冷たいもの、油っこいもの、乳製品、大酒、辛味の食べものなどを避け、温かい食事や飲み物を摂るようにし、長芋、大和芋、緑黄野菜、なつめ・蓮(れん)肉(にく)の食材や雑穀粥などを摂れるようにします。
中国の有名なことわざに「人は、食をもって本と為す」という言葉があります。これは毎日の食事は、胃腸を養い、身体を養い、健康を維持することが基本中の基本であると言っています。また、2千年前に書かれた中国の『黄帝内経』にはすでに食養生法が提唱され、時間通りに食事を摂取すること(定時)、節度をもって食事を摂取すること(定量)、また自分の体質や季節にあう食事を摂取することなどが勧められています。
このように、食と健康の重要性を改めて認識することが大切です。漢方薬を処方するに当たり、
①下痢便に未消化物が混ざる、悪臭はない、疲れやすい、食欲不振、食べると腹が脹る、食べると排便する、腹痛はほとんどないが腸鳴があり、排便後、腸鳴と不快感、腹満が消えるなどの症状は胃腸機能が弱まっている可能性があります。
このタイプの下痢は慢性下痢の大多数を占めますが、長びいて治りにくいケースが多いようです。この場合の腸鳴や腹満は水湿により腸間の「気(蠕動機能)」を阻滞することで起こりますが、そのほかにストレスによって腸管の気の流れが悪くなっても起こります。また、ガスが多いなどの症状もみられることがありますが、これは腸管内に残っている未消化物を、腸内細菌が分解する際に発生するガスで、胃腸機能が弱いために、節食したものを有効利用できずに腸管内に残してしまう場合で起こりますが、そのほかに胃腸機能が丈夫な場合でも起こり、生体が必要とする量に対して過剰に摂取する大食漢の場合やストレスにより腸管の動きが停滞し飲食物の消化が進まず腸管内に未消化のまま残ってしまう場合でも起こります。
このタイプの漢方薬は、吸収機能を高めて便を正常化する人参・白朮・茯苓・山薬・ヨクイニンなどが含まれている煎じ薬、あるいは六君子湯や啓脾湯などのエキス剤などが用いられます。
②上記の症状に加えて、お腹が冷えて痛い、手足が冷たい、寒がる、明け方の4時頃に目が覚めてトイレに行くなどの症状は胃腸機能が弱まっている上に冷えることで生じます。
このタイプの漢方薬は、上記の生薬に加えて腹中を温め代謝や循環を高めて吸収を正常化させる乾姜、附子などが含まれている煎じ薬か、あるいは人参湯+真武湯などのエキス剤を用います。
③精神的ストレス、緊張、情緒変動などにともなって腹痛、腹鳴、下痢が生じすっきり排便ができず、ふだんからいらいら、ゆううつ、怒りっぽいなどの症状はストレスにより、腸管の気の流れが止まったり、早まったりして生じます。いわゆる神経性の下痢で、消化器の機能が乱れて生じ、過敏性大腸の多くがこれに含まれます。
このタイプの漢方薬は、精神的緊張を解き自律神経系を円滑に働かせ、胃腸の機能を強めて乱されないように予防する柴胡、香附子、木香、胃腸機能を高める白朮、茯苓などを含む煎じ薬か、あるいは加味逍遥散、四逆散などのエキス剤を用います。また、普段から食欲があまりないなど、胃腸機能が少し弱い人で、軽微なストレス・緊張・不安・心配・情緒変動ですぐに下痢を起こす場合は、胃腸機能を高める白朮、茯苓、甘草などとともに、肝気を安定させる白芍などが含まれている煎じ薬か、あるいは芍薬甘草湯、桂枝加芍薬湯などのエキス剤が用いられます。
④腹満・腹痛があって泥状便、便は強くにおい、腐臭や酸臭、肛門の灼熱感、口臭、口が粘る、口が乾くが水分は欲しくない、尿が濃いなどの症状は湿熱といって、飲酒や辛辣なものやあぶらっこいものの嗜好、あるいはクローン病や潰瘍性大腸炎などの消化管の炎症性腸疾患などによって、胃腸機能が湿と熱によって障害された状態。消化管全般でのびまん性の滲出性炎症による下痢に相当します。
炎症をしずめ滲出をおさえて消化管の機能を回復させる茵陳、黄連、オウゴン、山梔子、木香、白芍、滑石、沢瀉、猪苓などを含む煎じ薬、あるいは茵陳五苓散、猪苓湯などのエキス剤が用いられます。