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日本漢方と不眠(不眠症:その16)

漢方という名称は、江戸時代中期にオランダから西洋医学が伝えられた医学を


「蘭方」と呼んだことに対して、


それまで日本で発展してきた伝統医学を中国の漢の国から伝来した医学として


「漢方」と呼んで区別すしたことによります。


現代の中国では漢方と呼ばれるものは存在しませんが、


日本では漢方といえば日本漢方(漢方医学)と中医学(中国伝統医学)の


異なる二つの学問が含まれています。





日本漢方は、約1800年前に書かれた中国の医学書である


傷寒論などの医学書を基本に、

日本特有の腹診を重視し、


豊富な経験と感性が求められ、

熟達すれば非常によく効きます。


ただ、熟練の度合いや診立てる人によって、


処方が異なるということがよくあります。 



一方、中医学は、病気の原因・病気のメカニズムを明らかにすることに


重きを置き、理論体系に基づいた学問であるため、


どの人が診たてても治療の方向性は、大体同じになります。


ただ理屈を無理につけ、理論に走りすぎている所もあり、


理屈通りに治療がうまく行かないこともしばしばあります。


このような観点から、日本漢方による不眠治療を下記に示します。



漢方治療の基本方針は、虚弱には元気をつけ、亢進状態は抑制する、


すなわち過剰な熱は冷まして潤いをもたらし、


気の高ぶりがあれば沈静化して、体調を整えることによって、


安定した睡眠状態が得られっるように導くことを目的としています。


従って、直接的な催眠効果はあまりなく、


1日2~3回服用して精神状態を安定化したり、


体調を整えるように努めます。


従って、西洋薬にしばしばみられるような持ち越し効果


(日中も眠気がみられる)や脱力感、薬物依存などはみられません。



不眠を訴える人は不安感や焦燥感、気分が落ち込むなどの


うつ状態がしばしばみられます。


特に寝つきの悪い人は


寝られなかったら翌日の仕事に差し支えるのではないか、


今晩もまた寝られないのではないかと恐怖と不安、焦りを覚え、


かえって寝つきを悪くしているところがあります。



漢方医学では、このような精神状態につならる臓器として、


肝と心が重要視されています。


肝は生体内の気の巡りを調整し、


必要なところに必要なものを配分し、


また生体の活動や行動などを調節していると考えられています。


このような肝の機能が失調し、


気の流れが悪くなった状態を漢方医学では肝気鬱結といい、


うつ状態の原因と考えています。


柴胡はこのような肝気の流れを整え、気の流れを回復し、


また肝の高ぶりを鎮める作用があります。



一方、不安や焦燥感などを鎮める目的にて竜骨と牡蛎がよく用いられます。


竜骨は大型ほ乳動物の骨の化石で、牡蛎は海のカキの貝殻で、


ともに炭酸カルシウムを主成分とした鉱物で、


舞い上がった肝や心の気を下ろし、沈静化し、少し冷やすことで、


精神を安定する作用があると考えられています。


このような竜骨や牡蛎の含まれた方剤(エキス剤)は


腹部を触ると心窩部(みぞおち部)や臍上に動悸を強く触れたり、


恐い夢や追いかけられる夢をよくみたり、


物事に驚きやすいといった精神不安定感が


その使用目標となるといわれています。



柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)には


このような柴胡と竜骨、牡蛎が含まれ、


柴胡桂枝乾姜湯(サイコケイシカンキョウトウ)には柴胡と牡蛎、


桂枝加竜骨牡蛎湯(ケイシカリュウコツボレイトウ)には


柴胡は含まれていませんが竜骨と牡蛎が含まれています。






1.入眠困難


床に入っても30分以上経っても眠れない場合を指します。


一般的な不眠症はこのタイプが多いとされています。


不安や緊張が強いときに起こりやすいといわれています。


漢方医学では、入眠が障害されるのは陰陽のバランスが崩れ、


陽気が過剰な状態、


あるいは陰気が減少した状態になったため生じると考えています。


陽気が過剰になると興奮しやすくなり、


イライラやのぼせを訴えるようになります。



その症状が激しい場合、


肝と心の熱を沈静化する黄連や黄芩(オウゴン)を含む


黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)や


三物黄芩湯(サンモツオウゴントウ)が用いられ、


さらに便秘を伴っている時には


三黄瀉心湯(サンオウシャシントウ)も時に使われます。


また症状はそれほど激しくはないが不安が強く動悸したり、


イライラがある場合は柴胡加竜骨牡蛎湯もよく使われます。


また少しの刺激でも神経過敏になり、


イライラしたり、ストレスで胃腸障害が出た場合は、


抑肝散加陳皮半夏(ヨクカンサンカチンピハンゲ)が使われます。


さらに人前ではがんばって元気にふるまうが、


実は疲れやすく、疲労と神経過敏になっており、


時に動悸や冷え性、下痢などがみられる場合は、


柴胡桂枝乾姜湯がよく用いられます。



一方、陰気が減少して、少し元気がなく、不安が強く、疲れやすい場合は、


酸棗仁湯(サンソウニントウ)や


加味帰脾湯(カミキヒトウ)が使われることが多いようです。


酸棗仁湯は疲れがひどく、気が高ぶって寝付けない倍に使われ、


加味帰脾湯はクヨクヨと考えすぎて心の栄養が足りなくなって


寝られない場合に使われることが多いとされています。


特に抑うつ経口があり、


悲哀感の強い場合は加味帰脾湯、


周りの環境により反応した抑うつ経口には四逆散がよい


という報告もみられます。



また心が渇き、いつも不安があり、落ち着きがなく、


少しの刺激で興奮したり泣き叫ぶような、


特に子どもや女性の場合、心を養い、


神経の興奮を鎮める作用があるといわれている


甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)が用いられることがあります。






2.中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害


寝つきはいいが、夜中や早朝に目が覚めて、


その後、睡眠に戻ることができなかったり、


あるいは熟睡感がなく起床時にすっきりしない熟眠障害があります。


中途覚醒、早朝覚醒はうつ状態など精神的な不調に伴うことが


多いとされています。


柴胡を含む処方や不安や緊張を改善する竜骨や牡蛎が含まれる処方が


用いられることが多いようです。


明け方に悪夢をみることが多い場合は抑肝散(加陳皮半夏)や


桂枝加竜骨牡蛎湯などがしばしば用いられます。


この場合、腹部に動悸が触れる場合が多いといわれています。


また冬眠中の熊のように、人間も睡眠中は脳と深部臓器の体温を下げて、


代謝を落としてエネルギー消費を少なくして


昼間の疲れを取るように働いていますが、


この深部体温が下がらず、熟睡できず、


朝起きても疲労感が残っている場合があります。


その原因の1つは睡眠時無呼吸です。


その詳細については


【睡眠時無呼吸症候群(不眠症:その3)】を参照して下さい。


もう1つは陰虚内熱です。


陰虚内熱がみられる場合は睡眠中に脳が冷えるどころか


かえって熱くなります。


そのため、睡眠が浅くなってしまい、熟睡肝が薄れます。


陰虚内熱の詳細は


【不眠の原因、睡眠衛生指導、認知行動療法(不眠症:その1)】の中の


〔睡眠障害の主な原因〕を参照して下さい。


私は陰虚内熱に対して、滋陰至宝湯(ジインシホウトウ)


あるいは滋陰降火湯(ジインコウカトウ)をよく処方します。


最後に、うつかどうかの簡単なスクリーニングとして


「以前楽しいと感じていたことや興味があったことに対して今はどうですか?」


と質問してみます。


「楽しくなくなった」、「興味が湧かなくなった」と答えた場合


うつの可能性があります。


このようなうつ状態に不眠を伴った場合、


漢方薬だけで対応が難しい場合があります。


その場合は西洋薬と一緒に漢方薬を使った方が


よくなる可能性が大きいと思われます。



西洋薬としては、抗うつ剤+睡眠薬


あるいは抗不安薬がよく用いられます。


抗うつ剤はSSRIに分類されている薬


(レクサプロ、ジェイゾロフト、パキシル、デプロメール)


が第1選択となります。


最近ではレクサプロがよく使われています。


これらの抗うつ剤は少量から開始しますが、


時に副作用として吐き気がみられることがあり、


その場合はガスモチンやナウゼリンなどを併用します。


また抗うつ剤は効果発現が遅く、


服薬後2週間以上かかるので、


効果が出るまできちんと服用することが大切です。


うつの症状が軽い場合は、


抗うつ作用と抗不安作用を併せ持つ抗不安薬のセヂールが


しばしば用いられますが、


この薬も効果発現までに2週間以上かかります。


このような抗うつ剤やセヂールの効果が出るまでの間は、


睡眠薬あるいはワイパックス、ソラナックス、レキソタンなどの


抗不安薬を頓服で用います。


入眠困難(寝付けない)場合は、


超短時間型睡眠薬のルネスタ、アモバン、マイスリーなどの


非ベンゾジアゼピン系


あるいは短時間型睡眠薬のベンゾジアゼピン系のレンドルミン、


エバミール、リスミーがよく用いられます。


特に入眠困難と熟眠障害がみられる場合は、


半減期7時間と一般的な睡眠時間にほぼ一致するレンドルミンがよく用いられます。


また入眠困難と熟眠障害、不安感、イライラ感を伴う場合は、


抗不安作用も併せ持つベンゾジアゼピン系のドラールがよく用いられます。


ドラールは半減期36時間と長いのですが


長時間型睡眠薬の中では比較的軽い薬なので、


高齢者にも使いやすいといわれています。


しかし持越し効果による日中の眠気と筋弛緩作用によるふらつきと転倒、


骨折には注意する必要があります。